以下は
「【報告・アクション】昨日、最高裁から死亡診断書の送付&オンライン署名のスタート」「【報告・アクションその2】昨日、最高裁から死亡診断書の送付&オンライン署名第2弾のスタート」
の追伸、私のつぶやき。
その骨子は、
・受難に遭遇したとき、いかに出処進退を決定するか、それが問題
・311後の日本社会を再建する根本的な妨げになっている難治性悪性反復性人権侵害無自覚症
1、受難に遭遇したとき、いかに出処進退を決定するか
誰でも、人生に数回は岐路に立たされる試練の時があると思う。
私も毎年司法試験に落ち、20代すべてを棒に振るなど、人並みにそのような経験にめぐり合い、さらに仕事柄、日本社会の行方を左右するような重大事件の裁判でくり返し敗北し岐路に立たされることが何度かあった。
その経験の中で実感したことーー人生で最も大事なことの1つは、受難に遭遇したとき、受難自体、敗北したこと自体が問題なのではなく、問題はそのときの身の振り方、出処進退の仕方にある、ということだった。
311で過去に経験したことのない、未曾有のカタストロフィー(大災害)に遭遇し、同時に20mSV通知など未曾有の桁違いの人権侵害に遭遇したとき、これまでの人生の最大の受難に遭遇したと思い、そこでどう対応したらよいのか、大受難を前に途方に暮れた。その時、私の脳裏に浮かんだのが古代イスラエルに出現した預言者たちだった。死刑判決を宣告されたイエス、出エジプトを命じられたモーセ、祖国の滅亡の預言を命じられたエレミアたち。民主主義も人権保障もない古代イスラエルで、彼らが遭遇した空前絶後の受難を前にして取った態度を思ったとき、2千年後の自分にできないことなぞ何もないのではないかと思えた。
それが出フクシマをめざしたふくしま集団疎開裁判の提訴。それは2011年12月16日の野田首相の冷温停止宣言に合わせて出された一審判決で蹴散らされ無残に敗北したが、それに対しては、翌年、市民自身による裁きを試みた「世界市民法廷」の開催でリアクションし、そのあと停滞を余儀なくされた二審の審理に対し、従来型の裁判の取組みを脱し、ソクラテスのように、毎週、広場(官邸前・文科省前)に出て裁判支援を呼びかける直接民主主義のアクションを始め、2013年4月、二審判決で、あと一歩のところで敗退を余儀なくされたとき、司法の限界を打破する新たな挑戦として、市民自身が主導して原発事故の救済法を生成する市民立法「チェルノブイリ法日本版」の行動に出るリアクションで対応して来た。
今回のゆうちょ裁判もまた、一審、二審と、私たちの主張を頭から無視する強引な判決と強引な審理の連続だった。その理不尽にお墨付きを与えたのが一昨日届いた最高裁の通知。
実は、ちょっとした賭けをしていて、もしゆうちょ裁判が三浦守裁判官がいる第二小法廷か宇賀克也裁判官がいた第三小法廷に係属したなら、彼らはきっと少数意見を書いてくれるだろう、その確率は3分の2、しかし、宇賀裁判官は少し前に退官していたから、確率は3分の1だと思っていた。7月、最高裁から「第一小法廷に係属」という知らせが届いたとき、私は今回はこれで終わり(全員一致で門前払い)と覚悟した。ただし、そのときに、その敗北にどう対処したらよいのか、そこまで覚悟が出来ていなかった。
一昨日、最高裁から敗北の通知が届いたとき、いよいよ自分の出処進退を決めるときが訪れた。私が最も気に入らなかったことは、自分が負けたことより、負け方、つまり最高裁の負かし方だった。お前はこれこれ、しかじかの理由でもってお前の主張は採用することができないときちんと説明されたんなら、その理由に反論が可能だとしても、ひとまず、それで引き下がれる気がした。なぜなら、最高裁の理由づけに対して、徹底した反論を準備し、それを世に問うて、その理由付けを二度と口に出来ないほどに説得するという「対話」のアクションが残されていたから。
しかし、最高裁のやったことは「問答無用」、つべこべ言うなだけでおしまい、だから、反論もしようがない。つまり、「対話」の道を完全に封じ込めている。この「対話」拒否の態度が我慢ならなかった。そして、この「対話」拒否の態度は単に私一人が不愉快に思うことにとどまらず、今の三権分立の代表民主主義社会システムの根本的な致命傷を示していることに気がついた。
私は、もともと文学系の人間で、学生時代に悪友にだまされて、あこぎな法曹界に引きづりこまれた人間。にもかかわらず、途中から、生まれ変わっても再び法律家になっていいと思えるほど、この世界に魅せられてしまった。それは裁判という仕事がその正しさを自ら「証明」することが求められるという、世にも稀な奇特な世界だったから。しかし、近代社会はなぜ国家機関のうちでひとり裁判所にそのような「証明する責任」を課したのか、その訳を説明してくれた文献はどこにもなかった。しかし、今回の最高裁の通知を受け取って、私の中で、その訳が分かったーーその訳は、社会が健全であるためには裁判所に結論を「証明する責任」を課す必要があると考えたからだったと。
そこから、もし裁判所が結論を「証明する責任」を放棄したとき、それは社会を健全にするために司法に課せられた彼らの存在理由の喪失であり、司法の自滅=自殺にひとしい。その結果、そのような裁判所は自然淘汰されるほかない。
この恐ろしい事実を、今回の最高裁の通知が示している、そう気がついたとき、私の出処進退も決まった気がした。この気づきは一人でも多くの人たちに知ってもらう価値がある、それを伝える方法としてオンライン署名のアクションがあると、そこで、これを選択した。
2、難治性悪性反復性人権侵害無自覚症
もう1つ、私にとって今までと決定的にちがったことがあった。それが最高裁に「対話」を求めたばかりではなく、主権者である市民にも「対話」を求めたこと。
その対話の中身は、ゆうちょ銀行の口座開設拒否の事件は本当に天地をゆるがす大事件で、それにお墨付きを与えた一審・二審判決は、私たちの人権が根底から侵害されることにお墨付きを与えた大事件だということ。
なぜ、私が市民にそのような「対話」を求めたかというと、ゆうちょ銀行から実際に口座開設を拒否された人たちの中に、「困ったもんだ」とその被害を嘆くことはあっても、「これは人権侵害だ。断じて許せない」とはならない人が意外に数多くいたことだ。私は、東京新聞が特集記事でこの事件を報道してくれたあと、ゆうちょ裁判が全国のあちこちで起きるのではないかとひそかに期待していたが、ひとつも起きなかった。その不気味な沈黙の意味が分からず、ずっと引っ掛かっていた。そして、その訳が今年7月12日、東中野でやった日本版の対話集会で分かったような気がした。そこに参加した若い人の「自分はこれまで被害に遭ってきたと思ってきたが、自分が人権侵害されてきたとは思わなかった。今日、初めてそれに気がついた」という発言を聞いたからで、そうだ、ゆうちょ事件で行動を起さない人たちもまた、ゆうちょの口座開設拒否で「被害に遭った」とは思っていても、それが自分に対する人権侵害なのだとは思っていないからではないかと。
かつて、前松本市長の菅谷昭さんは、日本人の「難治性悪性反復性健忘症」が311後の日本社会を再建する根本的な妨げになっていると指摘した。ただし、その妨げになっているのはそれだけではない、むしろ、日本人の多くの人たちが311後で、自分たちはひどい目に遭った、被害に遭ったとは感じていても、それが自分が人権侵害されてきたとは自覚していないことにある。この無自覚こそ、311後の日本社会を再建する根本的な妨げになっているのではないか。
それが私が7月12日の東中野の日本版の対話集会で、ひとりの若者から教えられた貴重な気づきだった。
そのことが、今回のゆうちょ事件でも、ゆうちょから同じような目に遭っている人たちが日本中にごまんといるのに、その中から行動を起す人たちがいかに少ないのはなぜなのか、というこの間の疑問にリンクした。
だから、今回のオンライン署名は、ゆうちょ事件を通じて、日本人の(難治性悪性反復性)人権侵害無自覚症のレントゲン診断を提示して、そこからの脱却を訴える呼びかけ(対話)である。それは同時に、ゴミ屋敷と化した311後の日本社会の再建を実行する根本的な姿勢・認識に連なることでもある。
以上が今回の2つのオンライン署名に見出した私なりの意義。
だから、この難治性悪性反復性人権侵害無自覚症は、ずっと鎖国的、閉鎖的な日本社会で生きることを強いられてきた日本人にとって最も困難な課題であって、5年、10年かけても取り組む必要と価値のある大事な署名だと思っている。だから、正直なところ、あんまり簡単に署名して欲しくない(簡単に署名したら簡単に忘れてしまうにちがいないから)。しかし、今朝、もうかなりの人たちが署名している‥‥喜んでいいのか、悲しむべきなのか、まだ分からない。
◆オンライン署名
その1:最高裁は国民と真摯に「対話」せよ。市民活動を財政面から侵害するゆうちょ銀行口座開設拒否裁判の上告受理申立て理由に応答せよ
その2:もし最高裁が主権者との「対話」を拒否し続けるなら、そのときの私たちの合言葉は「最高裁がある」ではなく「個人通報制度がある」。
2026年9月5日土曜日
【報告・アクションの追伸】昨日、最高裁から死亡診断書の送付&オンライン署名のスタート(26.9.5)
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