2026年6月8日月曜日

【報告】最高裁に、上告受理申立ての理由書を提出(26.6.8)

本日が、東京高裁判決に対する上告受理申立ての理由書の提出期限。先ほど、二審判決(>PDF)を言渡した東京高裁第10民事部にこの理由書を提出。

この書面を書いてみて、初めて、ゆうちょ裁判の一審判決と二審判決がいかにひどい、出鱈目な判決であるかが身に沁みて分かった。のみならず、
この書面を書いてみて、この2通の暗黒判決がなぜこの世に存在するのか、その理由も判然と分かったような気がしたーーこの暗黒判決はその暗黒をはねのける力を我々に授けるために、具体的には、今日のこの書面を完成させるために存在したのだということを。
この書面を書いてみて、これまで法律の仕事をしてきて、正直、こんなに仕事のし甲斐を感じたことはなかった。
自分が我妻栄の分身になったか、或いは我妻栄の霊が自分に乗り移ったか、のような、傲慢不遜としか受け取られない感覚に捉われた。それくらいこの書面は我妻栄で始まって、我妻栄の論文・遺著で終わる(末尾の別紙1&2)。
だから、これでもし負けるんだったら、腹を切ってもしょうがないという心境になった。

我妻栄

避難者追い出し裁判では裁判官に思いを届けるために、3度にわたって書面(補充書)を出さなければならなかった。今度はこの書面一回で届けられる積りで書いた。

これまでずっと、裁判の書面をあたかも数学の証明のように「詰むこと」をめざして取り組んできたが、これが根本的な間違いであることを今回、実感した。それが今回の偉大な教え。
裁判は事実を基礎に置くが、事実そのものではない、最後は法的な価値判断で勝負がつく。その価値判断は純論理的な詰め将棋とはちがうからだ。

とはいえ、それでもなお、価値判断で普遍性をめざすことは必要だと実感した。しかし、これを論じ始めると、議論がとめどなく続く。なので、ここではやらない。

‥‥と言いながら、結論だけ言うと、「価値判断で普遍性をめざす」という命題に今回の書面で初めて挑戦した(第3、3(2)〔11頁以下〕)。具体的に、それはカール・ポパーの反証可能性という構造の中で価値判断の普遍性が現れるということ、すなわち、或る価値判断が普遍的であるというのは、それが反証可能なかたちで提起されていて、それに対する反証が出てこない限りにおいてある。
実は、お馴染みの要件事実もまた、反証可能性の構造として構想されていて、原告の主張(請求原因事実)に反論がない限り、原告の主張が認められるとされている、つまり仮説的な関係の中で主張の成立を認めているにとどまり、絶対的な主張の成立を想定している訳ではない(疲労困憊のため、この項続く)。

                  全文>PDF 

別紙1「私法の方法論に関する一考察」

別紙2「法学概論」

   

 

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【報告】最高裁に、上告受理申立ての理由書を提出(26.6.8)

本日が、東京高裁判決に対する上告受理申立ての理由書の提出期限。先ほど、二審判決(> PDF )を言渡した東京高裁第10民事部にこの理由書を提出。 この書面を書いてみて、初めて、ゆうちょ裁判の一審判決と二審判決がいかにひどい、出鱈目な判決であるかが身に沁みて分かった。のみならず、 ...